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親の老後の面倒はみたくない?どこまでが義務なの?

この記事を読むと分かること

・子が親の老後の面倒を見る必要があるか

・扶養義務についての法的な扱いと心構え



筆者の両親は60代後半。そろそろ老後の問題も気になってきました。

そこでこんなことを考えました。

こんゆ編集長
こんゆ編集長

子どもが親の老後の面倒を見るのは当たり前なのか?


こんにちは、終活ライフケアプランナーのこんゆ編集長です。

皆さんは両親にこんなことを言われたことはないでしょうか?


「将来は実家に帰ってきて、面倒みてくれるんだろう?」


子どもの立場からすると、「小さいときに育ててくれたから何かはしてあげたいな」と思う方もいれば、「なんで自分の将来のことまで制約されないといけないの?」と思う方もいると思います。

育った環境やどんな親かにもよって様々なのかもしれません。

でも、多くの方にとって共通しているのは、たとえお世話しようと思っても金銭的な事情でそれが難しいということです。

物価も上がるし、税金も上がる。

自分ひとり生きてくでもやっとのこの時代に、たとえ両親であってもお世話することなんて簡単ではない、ということです。

今日はお世話しないといけないかどうかを、色々な観点から考えてみたいと思います。

こんなに違うそれぞれの言い分


今回の話題は、自分が親の立場なのか子どもの立場なのか、どのような時代に生まれたのか、どのような地域に住んでいるのか、などによって意見に偏りのある話題です。

例えば、今の60代70代の方で、自分が若かりりし頃義母や義父をお世話してきた方はこんなことを言うかもしれません。

親

子どもが親の老後の面倒をみるのは当然。私だってそうしてきたし、そもそもまだ何もできないあなたを育てた恩を忘れたの?親子には扶養義務もあるからみないとダメよ。


一方、その子ども世代である40代50代の方はこんなことを言うかもしれません。

子ども
子ども

別に頼んで産んでくれといったわけじゃないし、産んだのは親の責任でしょう?それを恩着せがましく言わないで欲しい。私は自分の子どもにはそんな厚かましいお願いはしないし、貯金だって頑張ってる。若い時にお金を貯めてこなかったつけを子どもに回さないでほしい。


どっちも主張したいことはあると思いますが、「頼りたい」「頼られたくない」という言い合いになかなか答えは出せないことも多いかもしれませんね。


筆者は、まさにこの子ども世代にあたるのですが、この世代というのは個人主義が結構当たり前とされている時代を生きています。

会社員勤めしていても上がらない給料。常に実力主義で長年勤めても会社から冷遇されることに怯える日々。政治家からは増税の話しか出てこない。物価も上がる。将来年金ももらえるかどうか分からない。

こんな時代を生きていると、自分の老後は常に不安で、無駄な買い物は避けて貯蓄、さらに銀行に貯金しても全然増えないからリスクは負いながらも投資をする、ということが強いられるような気もします。

それゆえ、自分以外の人に金銭的な援助をするというのは自分の首を自ら絞めるような感覚に陥ってしまうわけです。


もちろん、親世代の気持ちもわかります。

今ほど自由に自分の気持ちをオープンにできるような世間でもなかったから、世間体を気にしてしたくないこともしてきたことでしょうし、そもそもこんな話題を持ち出されること自体心外で、子どもが自発的にお世話すると言ってほしい。そういう気持ちも自然だと思います。


ただ、この話題がややこしいのは、単なる論争では終わらず親世代にいつか介護という問題が現実のものとなる、ということです。

子どもとしては、少なからず育ててくれた恩を感じている方も多いので、あまり「お世話しません」と面と向かっていうことはしないけど、なるべく先送りにしたい問題(できるだけ目を背けておきたい話題)でもあるので、考えるきっかけがない考えない話なのかもしれません。

老後の面倒をみるのは「義務」なのか


まず、親の面倒を見ないと法律に触れるのか、という点について調べてみると大まかにはこういうことになります。

・直系血族(父母・祖父母・曾祖父母・子ども・孫・ひ孫など)及び兄弟姉妹は互いに扶養をする義務がある(民法877条)
・家庭裁判所は、特別の事情があるときには、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる(民法877条)
・扶養義務のある人が複数人いる場合は、当事者の協議で扶養義務の順位を決めるが、難しい場合は家庭裁判所が決める(民法878条)
・民法では扶養義務の具体的な内容まで定めていないので、実際には当事者の協議で決めるか、決まらない場合は家庭裁判所での調停・裁判手続きを利用する


つまり、自分の親については直系血族にあたるので、扶養義務がある、ということになります。

じゃあ、

「自分の生活を犠牲にしてでも親の面倒をみないといけないの?」

というと、そういうわけではありません。


「扶養義務」というものは「生活保持義務」と「生活扶助義務」に分かれます。

「生活保持義務」の方が強力なもので、扶養される人の生活水準は扶養する人と同じ生活水準でないといけないというもので、扶養する人の配偶者や未成年の子どもに対する扶養義務はこの「生活保持義務」が該当します。

一方、「生活扶助義務」というのはもう少し緩く、扶養する側が、社会的地位や収入等に相応した生活をしたうえで、余力のある範囲内で扶養するというものです。

つまり、自分の生活を犠牲にしてでも親の面倒をみないといけない、というわけではないということです。

これは逆にいうと、成人した子どもの世話を親がどこまでみるか、という点についても、親側が生活を切り詰めてまで子どもの世話をしないといけないわけではないということでもあります。

先ほどの親の意見・子どもの意見で扶養義務の話も出ましたが、親が未成年の子にする扶養義務と子が親にする扶養義務は違うという認識を親子で持った上で話をしないとそもそも話し合いが平行線になる可能性が高いですね。

なので、まずは親子や兄弟姉妹間でこの扶養義務について認識を合わせた上で、「どのくらいまでだったら子が親の面倒をみれそうか」という話し合いをするのがよいかもしれません。


ちなみに、ここで気になるのが「余力のある範囲内ってどのくらい?」ということです。

ここについては、細かく法律上規定されているわけではないようですが、資産の程度、扶養義務者(子ども)の家族構成、社会的地位等を総合的に考慮して家庭裁判所が決定するとされています。

少なくとも子どもが生活保護水準の生活をしているようであれば、余力無しと判断されるのが普通かと思いますが、これはケースバイケースとしか言えない内容となります。

もし、この扶養義務を怠った場合どうなるでしょうか?

それは、子どもが正当な理由なく親を扶養しない場合は「保護責任者等遺棄罪」、それが原因で死亡等した場合は「保護責任者等遺棄致死傷罪」で刑事罰を受ける可能性があります。

なんかニュースでみたことあるような話ですが、刑事罰になってしまう可能性もあるんですね。

法的な親子の縁は、いくら親が毒親だったからといっても、絶縁したとしても、断ち切れるものではないとされているので、「あんな親の面倒なんてみたくない!」という感情を子どもが抱いたとしても、扶養義務から逃げ回っていると、こういう怖いことになりかねないということは覚えておいた方がよいと思います。


「扶養できるほどのお金もないから、親に生活保護を受けてもらおう!」

という考え方もあるにはあります。

民法上の扶養義務というのは生活保護に優先して行われるものとされていますが、ちょっとでも扶養したら生活保護がもらえないという条件的な話ではなく、子どもが余力のある範囲内で扶養しても足りない分を生活保護で補填するというのがこの扶養義務と生活保護の関係だそうですので、扶養する余力が無い時はこういう選択肢も考えることになるかもしれません。

面倒を見るのは実際お金がないと難しい


「扶養義務」って一口にいうけど具体的に何?

という話ですが、子から親への扶養義務の内容としては、「金銭的な扶養」と「介護の作業や生活をするうえで必要な支援」の2つとなります。

親が遠くに住んでいて、物理的に直接介護できないという場合は、金銭的な支援をして訪問介護を利用したり介護施設に入ってもらう、なども扶養していることになります。

また、扶養義務を負う子ども(兄弟)が他にもいれば、兄は在宅介護などの支援、弟は金銭的な支援、といった感じで役割分担を決めて介護をするというのもよいでしょう。

ちなみに、巷でよく言う、

「長男なんだから親の面倒をみなさい」

「女性に生まれたから自分の親の面倒はみなくていい」

というのは間違いで、結婚して嫁ごうが自分の親との親子関係は残るので扶養義務はありますので注意が必要です。


いづれにしても、何らかの扶養義務を果たそうと思ったら、「お金」か「時間と労力」は必要になるのが実際のところです。

それゆえ、子ども世代が何か支援をしようと思ったら、何にいくらかかるのか、その費用を払うためにはどれくらい支援しないといけないのか、今の収入に加えてどのくらいの収入を増やさないといけないのか、といったことを結構早いタイミングで知識を付けておいた方がよいと思います。

また、親世代としては、自分の老後にどのくらいのお金がかかるのか、年金と貯金を踏まえた上で子どもなどからの支援は必要になるのか、相続で渡せるような資産はどのくらいあるのか、といったことをきちんと把握しておかないと、「あとはよろしく!」と子どもにお願いすることになってしまうので終活として取り組む必要があります。

このブログではそういった話題について、分かりやすく発信していきますので、是非ご参考ください。



いかがでしたでしょうか?

親子とは言え人と人なので、売り言葉に買い言葉になってしまうこともあるので気を付けたいところです。

本当は、親側としては「子どもには迷惑かけたくないから何もしないでいい」と言い、子ども側としては「親は面倒みてくれなくていいと言っているけど、大事に想っているからできるだけのことはしてあげたい」と言うのが、関係的にもよい関係なのではないかな、と筆者は思います。

あと、解決するためにはお金がないといけない、は、逆を言えばお金があれば解決できる、なので、できるだけ早い内に取り組んでおけるといいですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事の著者

終活ライフケアプランナー

こんゆ編集長

プロフィール

終活ライフケアプランナーとして活動しつつ、様々な情報発信中。大学卒業後、銀行、商社、コンサル会社を経て2020年に経営コンサル会社を設立。経営・M&A・FP・保険等について幅広く支援。ちなみに韓国人俳優コン・ユのようなイケメンではない。